南禅寺について

禅林寺起願事

歴史
 「南禅寺開創にあたり、亀山法皇は「禅林禅寺起願事」という願文を御真筆で書き残されました。その一節に「利生ノ悲願ハ化物ノ要径也」としたためられています。

 利生とは利益衆生のことで、衆生即ち人間や他の生き物、そして全てのものの生命を尊び大切にしていくことであり、生かしきることです。

 「南禅寺を開創することによって、あらゆるものをあるがままに活かしきれる心やさしい人が育ちますように」との法皇の御心は、仏法の最も大切な教えの上に立つもので、釈尊の悟りの実践そのものであります。

 蒙古襲来で敵味方の多くの将兵が戦死した現実をみつめた法皇の大慈悲心が私たちの心に伝わってくるようです。

 「この世には消ゆべき法の光をも身にかえてこそ光りかへさむ」これは亀山法皇の御製です。殺伐とした暗いニュースで満ち溢れている現今の世相、使い捨ての風潮に生命の尊厳が失われつつある今、法皇の悲願は不変のものとして益々ひかり輝いてくることでしょう。

南禅寺
禅林禅寺の寺名は、離宮禅林寺殿に由来するものですが、この御起願文が与えられてまもなく寺名も改められました。南院国師の意見により、南宗禅の法を伝える寺の意から南禅寺の寺名になりました。南宗禅とは達磨大師より6代目の大鑑慧能禅師の法系をいいます。