南禅寺について

規庵祖円禅師(南院国師)

歴史
 規庵祖円禅師は無関禅師と同郷の今の長野市長池で弘長元年(1261)にお生まれになりました。

 少年の頃から鎌倉浄妙寺の龍江和尚のもとへ預けられ、ここで特に漢学の素養を身につけたといいます。

 弘安3年(1280)、北条時宗の招きによって宋の禅僧無学祖元が来朝し円覚寺の開山になりました。

 規庵禅師は無学禅師の門下に入って日夜参禅に精進しました。しかし、無学禅師は弘安9年(1286)、円覚寺で遷化してしまいました。師を失った禅師は新たな師を求めて京都に上り、東福寺の無関禅師のもとに移って更に修行を続けました。そして無関禅師の遷化のあとをうけて、法皇の命により、31歳の若さで南禅寺第2世の住持となりました。

 一宇もなかった南禅寺の伽藍の建立整備に後半生を捧げ、正和2年(1313)4月2日、 53歳の生涯を終わりました。創建開山と呼ばれるゆえんであります。

 遺骨は禅師の遺言により帰雲院に納め塔所となりました。のち後醍醐天皇はその功績をたたえて南院国師の号を謚られました。