南禅寺について

以心崇伝禅師(本光国師)

歴史
 永禄12年(1569年)、京都でお生まれになりました。南禅寺の玄圃霊三禅師に師事し、金地院の靖叔徳林禅師に嗣法されました。建長寺などの住職を経て、慶長10年(1605年)に南禅寺の第270世住職となられました。その後、江戸幕府を開いた徳川家康に招かれて駿府へ赴き、幕政にも参加するようになられました。

 当時の寺社行政に携わり、キリスト教の禁止や、寺院諸法度、幕府の基本方針を示した武家諸法度、朝廷権威に制限を加える禁中並公家諸法度の制定などに関係されました。

 元和4年(1618年)、江戸に金地院を建立し、翌年には僧録(僧侶を取り締まる役職)となり、以後、金地院僧録は崇伝の法系に属する僧で占められました。

 南禅寺金地院と江戸の金地院を往還しながら政務を執り、黒衣の宰相とも呼ばれ、南禅寺や建長寺の再建復興に力を尽くされましたが、寛永10年1月20日(1633年)に示寂されました。